お師匠さま、ご出発
一週間ぶりの夜勤。朝が早くなるのに気がつく、爽快感。
「明日から、お出かけですか?」
「いえ、それがですね、今夜からなんですね。」
(ひょっとして、夜行バス利用?)
ここは、オジサンとして!少しは、カッコよく・・・。
レジの合間に、
「これは、脳ミソへの栄養補給のため、数学の時間の前に、食べて
ください。」
と、チョコレートを贈呈。
送り出す言葉は、
「お師匠さまを、信じています。」 敬礼
・・・・・・って、これじゃあ、オレって、絶対お師匠さまの
後輩じゃん・・・・・。
オッホン、オジサンの面目を保つため・・・。
現在、『檸檬のころ』(豊島ミホ著)を読んでおります。
もう小説なんて読まん、と一時期は思っていたのですが、やっぱり
いいものであります。
『・・・・
「西ィ~。俺な、今度の県予選でベスト8に残ったら、秋元さんに告ろうと思うん
だけど~」
富蔵の大声とともに、ボールが飛んでくる。グラウンドで、たくさんの白球がゆ
るく飛び交っていた。キャッチボール中である。俺は富蔵の投げた球を捕って、振
りかぶる。
「ベスト16くらいにしといたほうがいいと思うぞ~」
投げ返す。俺の球は富蔵の手に向かって、正確な弧を描いた。富蔵のグローブの
なかで、ぱしゅっ、といい音がした。
耳の後ろには汗がにじみ出している。富蔵の後ろで、太陽がまぶしい。
「ベスト32にしとくかあ~」
富蔵の球も、まっすぐ俺の手を目指して飛んできた。グローブのなかに確かな
手ごたえ。俺は「そりゃ『ベスト』ってより『ベター』だな」と思いながら、富蔵
の顔を見る。目が合うと富蔵はにっと笑った。
・・・・・』
(「ルパンとレモン」より)
・・・・・お恥ずかしながら、自分なんざ、高校生よりさらに歳をくった24歳の時、
似たような場面(を、自分で作りました・・)。
当時、宝島在住。
「〇〇先生!自分が、鹿児島県レベルで通じる選手になれたら、デートしてください!」
(とっても回りくどい言い方。「ベスト32にしとくかあ~」に、相通じるかな~~と)
出場したのは、確か「全日本オープントーナメント格闘空手道大会」(だったか?)。
開催地は、兵庫県K市。
一括りに「空手」と言っても、ルールが違えば“別物”。
「高校時代、空手道部でした」という私からすれば、“フルコンタクト系空手”は
別世界。今でこそ笑い話として書けるのですが、当時は「もとよりわが命、惜しくなし」。
お腹に一発蹴りを頂けば、内臓破裂であの世行きだろうな・・・・・。
結果は、はい、ご覧の通り、今も生きておりますし、1回戦負けではありませんでした。
今思えば「遠来賞」だったのでしょうね、『敢闘賞』も頂戴しました。
村営船「としま」が宝島の前篭港に入港する際、岸壁で〇〇先生がニコッと会釈して
くださった時、「ああ、生きて返ってこれたんだ~」としみじみ・・・・デシタッケ。
・・・・・・・・・・・・・・・・
有名国立大学の試験ともなれば、地元有名進学校からの受験生が大挙してゾロゾロ・・・、
という中、地方からの受験生は一人ぼっち・・・・?。アウェイ戦の不利?
お師匠さまも、とっても心細くなると思いますが、そこは威風堂々。
今までの勉強の積み重ねを信じて、試験に挑まれてください。
お師匠さまの、実力発揮を、信じております。
コメント