第二章「新館主の朝」⑤
仕事上がりに帰ってきた深夜は、雨。
でも、日中は温かい快晴。
ころころ変わるお天気が続いております。
で。
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第二章「新館主の朝」⑤
やがて一人と一匹は、急斜面の上にたどり着いて、立ち止まった。御
仮屋睦(おかりや・むつみ)は、息を整えようとする。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
タダモトは、そんな睦を下から見上げてくる。
「おまえ、・・・・・しっかり、先代から引き継いでいるんだ・・・」
ここにたどり着いたということは、最後の締めは『新納流(にいろりゅ
う)・堀跳び(ほりとび)』の修練だ。この急斜面は、恐らく人為的に
切り崩して、登りづらくした箇所なのだろう。そして、その下は掘り下げ
られて「空堀(からぼり)」が造られたようだ。空掘といえども、その底に
は、よどんだ泥水がいつも溜まっている。急斜面を勢いよく駆け下りて、度
胸一番、空掘を跳び越える。それが『堀跳び』だ。四つの足で駆け回る犬で
あっても、苦手な場面だ。ところが、タダモトは「挑戦しよう」と誘ってき
ている。睦自身、先代タダモトと幾度となく、この『堀跳び』に挑戦してき
た。
「よぉ~し。おっぱいとお尻ですっかり重くなっちゃったけど、挑戦して
みる。タダモトも、覚悟はいい?」
一人と一匹は、少し離れた位置で身構える。
「さあ、せぇ~の、ゴーッ!」
直滑降に駆け下ってしまうと、勢いがつきすぎて、泥水の中へそのまま一直
線となってしまう。ジクザクにある程度勢いを抑えながら下るのが、ポイント
だ。そして「踏切り(ふみきり)」の位置。当然早すぎても遅すぎても、泥水
の中へ落下する羽目となる。駆け下る中で、冷静に踏切りの位置を計らなけれ
ばならない。
「セイッ!!」
睦は、気合を入れて跳んだ。睦の胸も、ひときわ大きく弾んだ。
ところが地球の重力は、睦の魅惑的な身体をしっかりと逃さなかった。
バシャ!!!、ズボッ!・・・・・・・。
地球の重力に捉まった睦は、無念ながら泥水の中に着地させられてしまった。
道の上から心配そうに見下ろすタダモトに、
「ふ~~、修行しなきゃね・・・。あっ、おたまじゃくしがいる・・・」
と、なんとか強がりを言ってみせた。
(つづく)
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