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2011年9月28日 (水)

「出水市新庁舎建設基本構想(案)」へのパブリックコメント

 今週のヤングマガジン10/10号に、
 出水市ご出身(!)、桜庭ななみサマ、ご登場~!!!

1109281s
 ぜひぜひ、本屋で手に取られてみてくださいな。
(ちなみに、拙コンビニでは、すでに完売・・・・)

 さて、大浦小中学校の校訓「負けるな」からの、我へのメッセージと思うことに
します。
 今朝、出水市役所へ“パブリックコメント(意見公募)”なる制度を利用して、
わが意見を送付させて頂きました。

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 出水市新庁舎建設基本構想(案)について、一言意見を書き送らせていただきます。

 かつて出水・高尾野・野田一市ニ町法定合併協議会の傍聴に通わせていただきました
が、
 「新庁舎位置は、出水市内でより高尾野町に近いところとし、具体的な建設場所は、
  新市において検討する。」
 という文言中の「より」というのは、現本庁舎の位置より“一歩”でも高尾野町に
近い位置ということであり、現庁舎の位置は検討に値しない・・・といった内容を、
高尾野町・野田町側委員の方が激しく主張されていたこと、思い出されます。
 確かに「昭和の合併」において、出水町・米ノ津町が合併し、今の本庁舎が現在地
に誕生したわけですが、当時はまったくの田んぼの中であったこと、図書館で拝見す
る記録写真に偲ばれます。それが今では、間違いなく出水市の中心地へと変貌したの
であり、「平成の合併」における新庁舎の建設位置も、将来を見据え、慎重な検討を
要することは、間違いありません。
 とはいえ、一市二町法定合併協議会が月2回のペースで開催されていた当時を思い
返してみれば、当時の私たちが、今のように日本の経済情勢が「悪くなっている」と
想像できていたとは、到底思えません。
 悲観的すぎるかもしれませんが、「市の将来人口は、58,000人とする」という文言
すら、あくまで“希望”であり、今や九州西回り自動車道が開通したからといって、
劇的に出水地区の現状が変化するとは思えません。

 「昭和の合併」当時であれば、旧出水市の人口自体はそれほど増加していなくても、
地方交付税制度等“富の再配分”制度が上手く機能し、新庁舎(現・本庁舎)周辺に
“新しい街が誕生した”のだと思います。ところが「国と地方は対等の立場」と言えば、
聞こえはよいものの、実質は「地方切捨て」と怨嗟の声を挙げてもよいくらい、大きく
地方自治制度の根幹が揺らぎつつあると思います。
 このような現状、ならびに先がわからない未来を必死に想像してみれば、新庁舎建設
のみならず、それに付随する道路等社会インフラの整備に要する資金を、どこから得る
ことが出来るのか、その資金を出来るだけ抑制しようと思えば、

 現庁舎位置での、新庁舎立替が、もっとも適切だと思います。

 自分なんぞは、「市町合併をおこなって削減された資金を、若い世代が出水に定住
できるような施策に回せるのか?」という疑問を、かつて発言させて頂いたことがあ
ります。新庁舎をコンパクトに建設して、経費を抑制して、じゃあそれが効果的に若
い世代に引き継げるのがというと、決してそうではない・・・・・・、
    同時に、皮肉も感じる次第です。
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・・・・・・・・・で、書いたからといって、なんらかの満足感が得られましたか?
と言われれば、

 「全然ナシ!。むしろ、虚脱感ばかりなり」
 と、はっきり書かせて頂きます。

 わが身からすれば、例え上のような“くだらない作文”であっても、それなりに
時間をかけたもの。
 一方で、市当局の担当者からすれば、
 「こんなくだらない作文を、今さら読まなければならんのかい!」
 と思われることでしょう。

 そのギャップ・・・・・・・・・・・・・。

 「市民参加」なんて・・・・・・・・、ああ、ナンナノサ・・・・・・。

 それでも、なお!。「負けるな」と言えるのか・・・・・。 

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